「福祉×魚」。
見噛み合う姿が想像できなさそうな二つの切り口を融合させ、新たに常陸太田市で就労支援事業を始められた「アクアスペース」代表で介護福祉士の大澤さん・作業療法士の山田さんにお話を伺いました。

―なぜ常陸太田を選ばれたのでしょうか?

大澤:僕は水戸で生活していたのですが、祖父が常陸太田に住んでいて、小さいころから常陸太田に温かいイメージをもっていました。僕らのこの仕事は優しい気持ちが大事。職員も穏やかな気持ちで利用者さんを支援するということと、常陸太田への温かいイメージがマッチし、築40年以上の元接骨院だったこの場所に決めました。

―そもそも、大澤さんの介護福祉士と山田さんの作業療法士、それぞれどういった職業なのでしょうか?

大澤:世間一般的には高齢者の方々の介護を行うイメージが強い専門職です。

介護福祉士
訪問看護や特別養護施設、社会福祉施設の介護職員として、利用者さんの生活行為・生活動作を支援し支える知識と技術を有する介護の国家資格。(https://www.fukushi-work.jp/shikaku/detail.html?id=6より筆者要約)
作業療法士
リハビリの仕事。「作業」を用いて患者さんのリハビリを行う資格。
(※医師の指示の下、障がいのある方に様々な活動を用いて、身体又は精神の諸機能の回復・維持・開発を行う国家資格。作業活動は日常生活から遊び、仕事など生活に関わる全ての諸動作を示します。https://www.fukushi-work.jp/shikaku/detail.html?id=1&did=3より筆者要約)

山田:私はずっと病院や施設で障がい者の方のリハビリを行ってきた中で、地域で暮らしている人に関わる事に関心を持ち、今に至っていますね。

―アクアスペース設立から現在について

大澤:もともと前社で水戸を中心にA型事業所4店舗の運営に携わっていました。その経験から就労支援施設に対する自分の想いを形にしたく、2019(令和1)年10月1日に就労継続支援施設B型を設立。現在、利用者さんは2名です。
全国的にもA型と比べ、B型は以前から多くあります。以前のB型は、「授産施設」と呼ばれていて、障がいをお持ちの方のご家族が、(本人のサポートをしていると)仕事ができないといったような事情に合わせ、訓練などで集まる場所を提供し、ご家族の方たちもお仕事や自身の生活ができるように、という施設でした。その後、法改正によりB型と呼ばれるようになりました。
ここ5年で規模が数倍にも拡大したのがA型ですね。現在、常陸太田市ではB型5社、A型1社が運営されています。

―就労継続支援施設A型とB型の違い

そもそも就労継続支援事業とは、一般企業に雇用されることが難しい障がいを持っている方が生産活動を通して能力向上を目指す事業。
A型は通常の事業所での雇用は難しいが、雇用契約に基づいての就労が可能な利用者が事業者と雇用契約を結び生産活動を行うもの。雇用契約があるため安定した収入と各種保険が適用される。
B型は一般企業に就職していたが、身体や精神的な都合により雇用が困難、またはA型事業所に雇用されない方が就労機会を通して知識や能力の向上を目指すもの。A型と異なり雇用契約は結ばれないが、賃金や就労形態についての自由度が高くリハビリ・訓練を主とした活動ができる。(https://www.s-agata.com/category10/より筆者要約)

―どのように利用者さん募集の案内を行っていますか?

大澤:A型とB型は全然違っていて、A型は雇用型でハローワークにも求人を出すので、利用者が自らの意思で直接A型に来られるため比較的利用者さんの確保はスムーズです。B型は非雇用型なので、現在ひきこもっている方などが社会に出る第一歩となる、日中活動の場としてある場所なので、なかなか「ここにアクアスペースがあるよ、じゃあ行こうか!」という状態にはならないですね。
障がいをもった方たちが、相談できる場として社会福祉協議会や地域の「なかぽつセンター」等があり、そこの職員さんからご紹介いただいたりしています。

山田:あとは公民館とかにも行きましたよね。

大澤:初めはたくさん歩きました。笑

山田:地域の方にも知ってもらうために、引きこもっている方のご家族とか、誰にも相談すらもできていない方もいるかもしれないと思って、アクアスペースの存在を知ってもらうため、公民館やスーパーにも張り紙を貼らせてもらったりしました。

―めだかすくいのイベントなどもされていましたよね?

大澤:オープンしてすぐに常陸太田のB型が合同で出店するイベントに参加させていただきました。すごく良いところだと思ったのは、最初から「仲間」という扱いをしてくださって、うちみたいな新規の会社でもお声がけいただいて、本当にありがたかったです。

―事業所の収益構造はどうなっていますか?

大澤:収入は利用者さんが来ることで国からの給付金が入ります。僕たちの熱帯魚販売の売り上げは全て利用者さんのお給料になります。
基本は利用者の人数、一日来たら幾ら、というシステムで給付金額は決まります。

―ずっとお聞きしたかったのですが、なぜお魚なのでしょうか?

山田:そこは社長に熱く語っていただいて。笑

大澤:僕自身、根本的に魚が好きで、中学生のころから魚を飼っていました。そこから年に1回行われる観賞魚フェアというコンテストで、入賞させてもらったりしましたね。そういうところから良くして頂いている問屋さんたちにも知り合いがいっぱいいるのと、魚を卸しても善し悪しを見極められるという事で、問屋さんにも信頼を得られた。そういうことから販路先の確保が確実にとれたという所が一つですね。
その中でも、アクアスペースを作った想いとして、利用者さんにとって就労訓練の場所は毎日通うことがとても大事なことなんです。隔日であっても通い続けることで自信につながる。そのためどれだけ通いやすい施設を作れるかどうか、というのをずっと考えていました。
あくまで自分の経験の範囲内ですが、施設のなかには細かい内職の様な仕事をやっているところもあり、それを「モチベーション高く1年通おう」と言うのは難しいんですよね。ただ、「仕事」と言わなくてはいけない立場ということもあり、その難しさに葛藤を覚えていました。その中で、自分の好きな生き物とリンクしたメダカなどであれば、卵を取るところから、孵化して、増やして、大きくして・・・と命に携わりながら日々の成長を見守っていけるものなので、毎日楽しく通えるのではないかと思いました。

―熱帯魚店としての仕事

大澤:全国的に見るとメダカだけをやっている就労施設はちらほらあります。熱帯魚店であることを趣旨に出したかったので、メダカの他にも熱帯魚やエビとかも育てていて、問屋さんに月に何匹まで卸してという約束のもと、一年を通してお仕事がある状態です。産卵の時期の都合から、春夏はメダカ、秋冬は熱帯魚をメインにしています。
飼育しているメダカは大きく分けると2種類あって、その他にエビやプレコを育てていますね。施設には、僕自慢の水槽もあります。(笑)

山田:そこは社長しか近寄れないゾーンです(笑)

大澤:アマゾンから輸入している魚は、繁殖が相当難しいのでトライしているところなんです。いずれは自分で取りに行きたいですね(笑)

―魚を育てる事、管理することにどれぐらいの手間がかかるのでしょう?

大澤:マニア過ぎたら止めてくださいね…?(笑)
品種によってエサのパターンや水の交換が違ってくるんです。メダカなどは簡単で、家庭ならそこまで手間がかからないのですが、うちみたいに大きくしようと思ったら毎日やったほうがいいですし、エサも多くあげています。どれだけ数を増やしてお店に卸せるかなので、エサの量が多くなればなるほど水替えの頻度が増えます。そこが利用者さんと一緒にやっていくお仕事になっていきますね。

―ちなみにお値段は・・・?

大澤:販売は個体ごとで、メダカは新種を作る人がいっぱいいるんですが、最初の新種は幼魚ワンペアで5万円とかする。そこから徐々に価格は落ちていきます。

―山田さんは、最初にお魚で事業を行うと聞いたときはどう思いましたか?

山田:大澤さんの趣味がお魚だという事は前から知っていたのですが、私自身あまり興味がなかったんですよ。どちらかと言えば、ちょっと苦手でした(笑)。
ただ、生き物を育てながら利用者さん達と楽しくこの空間があるのは想像ができて、それがすごく楽しそうだなというのと、実際に私もここで魚たちと日々を過ごす中で、ここに来るのが楽しみになりました。「今日はどうだろう?」とか、エサを食べただけで「よく食べたね」とか、「私がエサをあげるからね」と、いつの間にか好きになってきちゃってますね。(笑)

―それはよかったですね。

山田:ずっと魚としゃべっていられますよ(笑)

―見分けもつきますか?

山田:勝手に名前を付けて呼んでます。(笑)

大澤:メダカの雄雌の判別もつきますし、少しずつ魚のお仕事についても任せていっています。

―最初は福祉と魚の現場が想像できなかったんですが、日々変化のある現場だと社会復帰への第一歩としていいですね。ブルーオーシャンという感じがします。

大澤:生き物と仕事をするというのは、本当に気持ちも安らぎます。精神障がいをお持ちの方たちもいらっしゃるので、常陸太田の地域性やゆったりとした空気感の中でゆったりとお仕事ができる環境を作りたいという所を一番重要視しています。

―今の利用者さん二人は魚を扱うことでどんな様子ですか?

大澤:根本的には生き物が好きだったんだろうなという方で、地域のお祭りでうちのめだかを購入し、今では飼育することに一生懸命になっています。ここで飼育の仕方を覚えて、また家でも楽しく飼って・・・というのをやってくれているのかなと思いますね。
生き物が好きで日中活動以上に生活の楽しみとして意味があると思うと嬉しく思います。ましてや魚好きが増えれば楽しくて仕方がないです(笑)。

―大澤さんにとっては自分の好きなこととスキルが結びついた空間ですよね?

大澤:夢の空間ですね。遊んでるんだか仕事してるんだかわからなくなっちゃう。1日が水替えで終わっても僕にとっては楽しいことです(笑)。僕が楽しんじゃってますね。

―山田さんも楽しめていらっしゃいますか?

山田:もちろんです(笑)

大澤:言わざるを得ない(笑)

山田:(笑)。利用者さんたちにとっても日々仕事をしている人が楽しくなければ利用者さんも楽しんで仕事をしようとは思わないと思うので、そういったところでも楽しくできるというのは大事だなと思っています。

―お魚は今後も増えていくんですか?

大澤:春には駐車場にまで水槽が増えます。問屋さんに月に何千と卸さなくちゃいけないんです。メダカも繁殖期の春に備えて種魚の準備をしています。
また、今後利用者さんが慣れてきたら、それぞれ自分の水槽を一つ担当してもらう予定です。卵から孵化、自分で育てて親にして・・・というのを日々の楽しみとしてほしいなと。

―そのほか、今後の展開はいかがでしょうか?

大澤:まずは、目に見える範囲を責任もって支援することが大事かなと思っています。利用者さん一人一人との契約に重きを置いていきたいと思っているので、急激に大きくしたいとは考えていません。ここでまず毎日利用者さんと僕も含めて楽しくやっていくというのを大事にしたいです。その先で、この施設の中でA型もやろうかなと。施設の中でステップアップした場所も用意してあげたいと思っているので、今年中にはA型B型10名ずつの登録にしたいですね。
大澤さんの「好きなこと」と「スキル」を組み合わせて作り上げた「夢の空間」。
利用者さんが命を扱い、少しずつ社会に接していく訓練を重ねつつ、「楽しみながら働く」を体現する大澤さんと山田さんの姿を通して仕事の楽しさを知る、「アクアスペース」には、そんな仕組みが出来上がっていました。

Writer Profile

川原涼太郎

筑波大学情報学群4年。1997年茨城県常総市生まれ。2018年に茨城大学から筑波大学へ編入。高校時代のまちづくりに関する活動から、ローカルビジネスの世界に興味を持ち、茨城大学時代に県庁主催のビジコンに出場。
現在はコワーキングプレイスTsukuba Place Lab/筑波大学発ベンチャー株式会社WARPSPACE/合同会社JOYNS/ラヂオつくばにてスタッフを勤めている。

Photo:鈴木 潤