「同じことをするにしても、つまらないより、楽しい方がいいですね」

そう話すのは、栃木県那珂川町にある「もうひとつの美術館」で働きながら、常陸大宮市の山あいで工房「Junkobo」を開き、染め物や織り物など、手仕事をする葛西絢子(かっさい・じゅんこ)さん。

服の基礎を学び、素材そのものに惹かれるようになった大学時代から、美術館スタッフと手仕事を生業とする現在まで、一貫して変わらないのは「無理せず取り組む」ということ。

今回は、美術館スタッフと暮らしの中で生まれる手仕事、どちらも好きなことで生計を立てる葛西さんに、ものづくりを通した働き方や生き方、その想いについて、お話を伺いました。

大変だけど楽しい!スタッフ全員で取り組む、幅広い美術館の仕事

ー「もうひとつの美術館」では、どんな仕事をされていますか。

美術館は、2022年8月で開館21年目を迎えます。「みんながアーティスト、すべてはアート」をコンセプトに、2001年、アール・ブリュット、アウトサイダーアートを主なテーマに掲げる日本で最初の美術館として始まりました。

館長、理事の方たち、学芸員、経理、私がいて、他に不定期のスタッフが3、4人という、少ない人数で運営をしています。私はショップ担当という形にはなっているんですが、草刈りもしますし、企画、運営、搬入・搬出、設営といった、様々な業務に関わらせていただいています。館長とスタッフ全員で試行錯誤しながら運営している、といった感じです。

※アール・ブリュット、アウトサイダーアート:フランス人画家のジャン・デュビュッフェによって1945年頃に提唱されたのがアール・ブリュット。「加工されていない芸術」という意味のフランス語。アールブリュットに対応する英米語として作られたのがアウトサイダーアートである。

ー担当がある程度決まっていながらも、スタッフ全員で取り組むというのが良いですね。

そうですね、みんなでより良いものを作ろうという想いが強いと思います。福祉施設を見学して学ばせていただくこともありますし、年2回の企画展の他に、栃木県の障害福祉課と公募展も開催しています。


美術館内には、「とちぎアートサポートセンターTAM(タム)」という、芸術文化活動を支える窓口を開設しており、ハンディキャップを持つ方やそのご家族、施設スタッフが一緒になって、作品が「ただの作品」ではなく「一つの作品」としてしっかり扱っていただけるように、額装や作品の扱い方、著作権についても学んでいます。悩みをみんなで共有し、支え合い、社会へとつなげていくことを目標としています。

ー幅広く仕事をされているのですね。今は、美術館と工房「Junkobo」の仕事の割合はどのくらいですか?

時期にもよりますが、美術館は基本的に展示替えの時期が忙しくなります。その時期は、作品返却や集荷で遠いところだと九州までトラックで行くこともありますね。

展示の準備が忙しくなると、週のほとんどが美術館での仕事になって、その合間に自分の工房でものづくりをします。美術館が落ち着くと、大体半々くらいの割合になります。仕事のバランスも自分で決めています。

技術ではない、暮らしの一部としての作品に心惹かれて

ートラックを運転して、九州まで作品を借りに行くのは大変でしたか?

美術館のスタッフと2人で行ったのですが、基本的に運転があんまり苦ではないんです。しかもトラックの方が車高が高いから運転しやすいですし、何より初めて行く場所は楽しいんですよね。

先日行った鹿児島県の施設では、実際に工房を見せていただきました。施設の中は、木の工房、和紙の工房、布の工房、土の工房、造形の工房といった形で分かれていて、その人がその人らしく生きられるよう、無理なく生活の中で作り出されたものが世の中に一つの作品やクラフトとして知られ、そこから収入という形で本人に還元されていく、そういう仕組みがきちんとできていることに感動しました。

ーSDGsにつながりそうな取り組みですね。

今でこそ、SDGsの考え方は世の中に浸透しつつありますね。でも、以前から障がいのあるなしに関わらず、支援を必要とする人、支援を提供する側といった枠を取り払い「ものづくり」を通して、地域社会でよりよく暮らしていくために、その人がその人らしく生きるための環境を提供していました。

なので、その施設では「SDGsを達成するために」というような目標をあえて掲げているわけではないと思います。

あえてSDGsという言葉を掲げなくても、日々の暮らしの中で、一人一人が自然とそう考えられるといいですね。

施設を訪れたときは、創作の現場を実際に見たり、作っている方にお会いしたりもします。それぞれの方が様々な想いや時間の中で創作している背景を知るとまた作品を見る感覚も変わるんです。とても贅沢な時間を過ごしていると感じますね。

その人が生きる一部である作品を借りて展示させていただく。その展示を通して社会とつながるきっかけになれたら、そして、何よりも作品を一人でも多くの方に見て、知ってもらえるのは、嬉しいです。

ー作品そのものがその人を表現していたり、その人の生き方そのものだったりということでしょうか?

そうですね。子どもの絵やハンディキャップを持った方の絵に限らず、美術展に行っても、私が惹かれるものは、技術で描いたものより、気持ちが前に出ているような作品の方がとても多いと思います。

ーいつから「気持ちが前に出ている」作品が好きなのですか?

いつなのかはっきりとは記憶に残っていませんが「もうひとつの美術館」に初めて足を運んだのは大学生の頃でした。
美術館は明治・大正時代の木造校舎をそのまま使っていて、良い意味でカッチリとしていない、素朴な感じと展示されているエネルギー溢れる作品のバランスがとても好きだと感じたのを覚えています。10年前に働きたいと思い応募して今に至ります。

ー美術館のスタッフ歴も長いのですね。

出産で休んでいた時期もありますが、長いですね。スタッフの人数は少ないので大変ですが、やっぱり楽しいです。私は自分に嘘をついている感じになるのが苦手なんです。本当に良いなと思うからやりたいという気持ちが強いんだと思います。「もうひとつの美術館」は、気持ちに嘘をつかず働ける場所ですね。

綺麗な布よりも、素材そのものや面白い形のものが好き

ー大学時代に美術館に初めて行ったとのことですが、その頃から素朴さが伝わるようなものづくりをしたり、大学で専門的に学んだりしたのですか。

美術系の大学に進学し、服の基礎を学びました。1、2年次で服の基礎などを学び、3年次から学科の中で、ブランドの服を作るコース、舞台衣装を作るコース、造形コースに分かれます。

私は服の綺麗なラインよりも、素材そのものや、同じ形でも素材が面白いものに惹かれ、好きだと感じ、造形コースに進みました。

ー素材そのものを好きになるきっかけはあったのでしょうか。

同じ生地でも、織った生地と染めた柄の生地で雰囲気が変わります。同じ生地で形を変えた美しさもありますが、素材やテキスタイルで表情が変わる方に惹かれます。なぜなのか分からないのですが、祖父母がニットのパッチワークの服をよく着ていたことなどが無意識のうちに影響しているのかもしれません。

ー布だけでなく、柄も含めて素材ということですか?

そうですね。例えば、同じ1枚の布でも、綿のさらっとしたものや手織りでそこに風合いがあるもので変わりますし、その変化にワクワクします。大学の卒業旅行や青年海外協力隊で滞在したグアテマラでは、腰機といって、機械ではなく、体を使って布を織るのが主流です。一枚織るのに何か月もかかる民族衣装の織り物にもとても感動します。


今の美術館の仕事にもつながると思うのですが、布も作品で、家具や器、家など様々なものにおいて、機械的ではない、人間臭さが出るものが好きなんです。手で紡いだところがぼこぼこしていたり、手染めのムラ、手刺繍の歪みといったように、表情があるところに惹かれますね。

美術館スタッフと手仕事は半々。中途半端だけど、それが私にはちょうど良くて一生懸命できるバランス

ー葛西さんの現在のものづくりにおいては、どのような点を大切にしながら作られていますか。

ものづくりにおいて、基本的に使っている染料は、植物や草木だけです。できるだけ土に還るもので作りたいと思っていますが、草木は色褪せやすいので、「何回も染め直す」のと、「化学染料で長持ちする」のとエネルギー的にどちらの方がいいのだろうと考えることもあります。

できるだけ外の薪を使ったり、冬は薪ストーブの上に置いて煮だしたりするのですが、展示の追い込みで間に合わない時は、夜中にガスコンロを使うこともあります。

布も、今は綺麗な布を使っているのですが、本当は今後、不要になった衣類や布を再利用していきたいと考えています。お風呂についても、薪もガスも使えます。中途半端かもしれませんが、仕事においても、生活においても同じ感覚でいると思います。

ー美術館スタッフとjunkoboの仕事とのバランスが、ということですか?

そうですね。基本的に、美術館と手仕事を半々にしているのも、作ることがやっぱり好きだからだと思います。

美術館の仕事も好きで、手仕事も好き。中途半端に見えると思いますが、その半々が私にとってはとても良くて、どちらも一生懸命取り組めるバランスなんだと思います。

ー仕事をする上で今はちょうど良いバランスということですが、そこに辿り着くまで試行錯誤はありましたか。

実はあんまりしていないんです。手仕事においては「本当はもっと頑張った方が良いのでは」と、あえて自分を追い込むために作品出展の予定を入れることもあります。追い込んだり、目標を決めないと、のんびりと関係のない自分の好きな動物の絵を描いたり、違う創作ばかりしてしまうんですよね。結局それも出展の際の看板などに使うこともあるのですが。

一方で、オーダーで需要があるものづくりは良いのですが、無駄に多く作ってゴミになってしまうのも嫌という思いもあります。例えば100個作って、90個余る。私がいなくなって多くのものがゴミになってしまうという仕事はあまりしたくないですね。

ほかにも、ワークショップを開くこともあります。

暮らしの中で無理なく生まれたことが仕事に

ーワークショップもやりたいと言ってくれる人が多いのですか?

そうですね。希望があったら開くという形が多いです。コロナ禍で人が集まるワークショップ参加に抵抗がある人と特に気にしない人がいるので、開催のさじ加減は難しいので、そういう形で今は行なっています。

ーワークショップはどうやって声をかけてもらうのでしょうか。

ほとんど直接、メッセージが来ます。数人から連絡が来て、日程調整して、それではこの日に一緒にやりましょうという形で開きます。初対面の人もいれば、知り合いの知り合いといった感じでつながりもあったりしますね。

ーワークショップに参加したいと思った人たち同士で集まる、というのが良いですね。

当日来てくださる方も、ゆっくり時間を過ごせる方が多いので「一緒にものづくりをする」くらいのスタンスですね。

あとは、子ども向けのワークショップも頼まれることもあります。去年は、こいのぼりを作るワークショップや動く生き物を作るワークショップを開きました。


もともと、子どもが描いた絵が好きで、それを残しておきたくて、台所の吊戸棚の扉にも子どもの絵をベニヤに描いてそのまま貼ってあります。木の板に描いてもらい、今後の部屋の壁にしようと取って置いたりしています。


こいのぼりもナイロン製のものはよくあると思うのですが、それがあまり好きではなく、どうせならと自分で最初に描き始めてみたものの、変にゆっくり描いてしまい、あまりに遅いので、子どもたちに描いてもらったら、早くて、とても良い作品でした。


それらを飾っていたら、それをワークショップとして開いてほしい、という依頼をいただきました。ワークショップは、そういうパターンが多いかもしません。

ー暮らしの中で生まれたものがワークショップとして形になったのですね。

そうですね。私が時間をかけて描いたものより、子どもの絵の方がいいんですよね。子どもたちは、紙に絵をたくさん描くので、それをファイルに入れるものの、どうしようかといつも考えています。それなら、残る何かに描いてもらった方がいいのかなとも思い、布に描いたり、木に描いてもらったりもします。私が描いていると子どもたちがそれを見て「やりたい!」と言って生まれた作品がほとんどです。

上手さよりも、自分で創造すること。それが一番大切

ー他にも何かお子さんが作ったものはありますか。

去年は、息子が工作の本に載っていた「牛乳パックでボートを作る」というのに触発され「やりたい!」と言ったので、実際にボートを作りました。工房の下に川があり、そこで実際に作ったボートを漕いで遊びました。なんでも買って手に入れるのは簡単ですが、自分で実際に作ってみて、こういう仕組みなんだと理解できるのは、すごく学びになると思います。

そういった学びは、子どもだけに限らず大人も生きていく上で必要なことだと思います。アトリエをやりたいと感じたのも、子どもは、もともとみんな工作が好きなはずなのに、小学生や中学生になると、描けないと言う子がいるんです。私は、描けないわけではないと思っています。

ー描ける、描けないという基準ではないということですか。

ものづくりは「描ける、描けない」「上手い、下手」とか、そういうことではないと思います。描けないというのは、「上手に描けない」という、周りからの変な評価が気になり、そう思い込んでしまうだけなのではないかと。

子どもが小学校に通い始めて知ったのですが、学校の美術の授業では、工作キットを使用していることが多いと感じます。工作キットは説明書もあるのでとても便利ですが、一方でそれは子どもの創造性を狭めている気がするんです。私は、素材を自分で考えたり探すことも創作の一部だと思います。

アトリエでも、「これを作りなさい」ではなく、例えば飛行機が好きな子がいたら、その飛行機をどうやったら作れるのかを考えるだけでもいいと思います。それぞれの好きなものを1年かけて1つ作るのでもいいですし、毎回たくさんの作品を作るのでもいいと思います。

「できないよ」と言う子もいるのですが、やってみたら下手だったとしても何か形にはなります。自分で創造したものを形にすること、実際に手を動かして何かができること、そういうことがとても大事だと思っていて、それは大人になって働く上でも、生活する上でもとても必要だと思います。だから、子どもたちにはなるべく、「足りないものは買ってもいいけど、まず作ってみてほしい」と思っています。

ーまずは手を動かして自分で作ってみることが大切なんですね。

そう思っています。我が家の庭にニワトリ小屋があるのですが、長い間、柵の入口がない状態だったんです。しばらくバーベキューの網と板を入口にかぶせて扉の代わりにしていましたが、さすがに不便だなと思って、息子に「一緒に作らない?」と誘いました。

実は去年、そこで飼っていたニワトリがイタチに食べられてしまい、それを子どもたちが見つけて大泣きしたんです。その年、息子がクリスマスにサンタさんにお願いしたプレゼントは、ゲームからニワトリ小屋を直す道具に変わっていて、その大工道具で一緒にニワトリ小屋を作りました。

私自身も大工仕事が好きなので、これから自分で工事をする台所作りや、汚れてもいいアトリエ作りを、子どもたちにも手伝ってもらいたいと思っています。

ーお子さんとの時間も大切にしながら、葛西さん自身はいつ、ものづくりをされているのですか?

てんやわんやする毎日で、その合間にものづくりをしています。みんなが寝静まった後や学校へ行っている日が多いですね。そういった合間に作っていますが、自分が作りたいものを作る、それがとても良い気分転換になっていると思います。手を動かすことがやっぱり好きですね。

一番好きなのは、子どもたちの喜ぶ顔が見れる「ものづくり」

ーそういった中、完成した作品で、何か面白いものはありますか。

木材でオランウータンを作ったこともあります。子どもがまだ小さかったころ、「生き物を飼いたい」と言ったんです。でも、そんなに簡単に飼えないので、どうしようかなと考えてました。

その時に、オランウータンを庭の木にぶら下げたら、面白いし、子どもたちがびっくりすると思い、オランウータンを作りました。私の創作意欲は驚かせようとか、そういう気持ちから生まれると思います。他にも、毎年節分の時に、夫が鬼をやるので、そのお面を作っています。子どもたちが泣くのが可愛いくて、どう怖がらせようかといつも考えています。

ー泣かせられるくらい本気のお面を作るのですね。

大人も本気ですね。子どもたちは、いつも生意気を言ってるのに、そういう時は、鬼を見て泣くので、それがとても可愛いです。これが後何年できるのか分かりませんが、自分の作ったもので、子どもたちのいろんな表情を見られるのが楽しいです。こういうものづくりが一番好きかもしれません。

ー「驚かせたい」という気持ちも「楽しい」という意味だと思いますが、ものづくりの基本は「楽しさ」ですか。

あまり考えていませんが、同じことをするにしても、「つまらないより楽しい方がいい」とは思います。同じ時間を過ごすなら楽しい方が良いですよね。

手織りを糸引きから勉強したくて沖縄の工房に滞在したことがあります。研修生は無収入なので、少しでもお金を貯めてから沖縄へ行こうと短期のアルバイトをしたことがありました。

その現場はあまり良い雰囲気ではなく、そこで自分のエネルギーを使いたくないなと思って、一日で辞めてしまいました。勉強や技術を取得するためだったら頑張りますが、私はそんな時間を過ごすのが苦手だし、もっと建設的な時間にしていきたいと思いますね。

ーより楽しく、より良い時間の使い方を、ということですね。

そうですね。その点、「もうひとつの美術館」のスタッフは、お互いに意見をはっきり言い合えるんです。黙っているよりもその方が絶対に良くなりますよね。みんなで美術館を良くしていこうという気持ちがどのスタッフからも伝わるので、長期間働けているのだと思います。

私にしかできないこと、それが作り続ける理由

ー仕事に限らず、とても大切なことだと思います。最後に、今後やっていきたいことがあれば教えてください。

どうなるのか私も分かりませんが、子どもアトリエはやりたいと思っています。後は、最近友人の陶芸家の人の所で、自由に土をいじらせてもらっているんです。そこで、前回焼いた際に割れてしまった大きな壺をたくさん作りたいと思っています。自分の手仕事では様々な技法を混ぜ込んだものづくりをしていきたいと考えています。

ーどんな組み合わせ、ものづくりをイメージされていますか。

先日作った変わった動物の器と、その器に合わせた柄の風呂敷を染めて、包んだら面白いと思っています。「染色」に絞るんだとしたら、染色のスペシャリストがやった方がいいものができると思います。

私が作る意味、自分にしかできないものを考えると、1つの技法だけではなく、布だとしたら、そこに染め、織り、刺繍などが混ざって面白い表情の布ができるのではないかと思っています。

SNSに息子の水牛の器、末っ子のヘラジカの器、娘のカロライナインコの器を載せていたら、これを見た親戚から器を作ってほしいと言われました。その他にも、リクエストが増えたんです。

私は陶芸家でもないので綺麗な器は作れないですが、どんなものでも、自分が楽しいと思いながら作ったものをいいなと思う人に手にしてもらえる、そんな「ものづくり」がこれからも仕事になればいいなと思っています。

Writer Profile

谷部 文香

1993年東京都八王子市生まれ。長年地元である東京の多摩エリアで暮らしながら、介護職、歴史編さん調査員などの仕事を経験。コロナ禍でのもやもやをきっかけに2021年4月、茨城県常陸大宮市へ地域おこし協力隊として移住。ライティングをベースとした活動を展開中。ライターとして独立するのが夢。

Photo:鈴木 潤