常磐自動車道の水戸インターの近く、水戸西部エリアには住宅地と田園風景がほどよく混ざった風景が広がります。ライターのわたし自身がこの水戸郊外で生まれ育ち、子育てをしながらこの「少し行けばすぐ自然」という環境を日々ありがたく享受しています。そんななか、このエリアを舞台に面白そうなNPOが始まったと耳にしました。でも、事前に知ることができたのは「ちいきの学校」という名前と、「シニアこそが地域を良くする鍵」というざっくりしたことのみ。「このエリアで暮らすライターとしてはぜひ記事に書きたい!」と思い立ち、NPO設立の中心メンバーである伊藤浩一さんにお話を伺ってきました。

早速なのですが「ちいきの学校」というのは何なのでしょうか?

伊藤 シニアのパワーで、より良い地域づくりをするNPO法人です。普段シニアと接していない方にはピンと来ないかもしれないのですが、実は今の65~75歳くらいの方ってまだまだパワフルで経験豊富で、とても心強い世代(当法人では概ね74歳未満以をシニアと定義)なんです。そしてそういうシニアのパワーを底上げして、そのパワーを社会に還元したら世の中すごく良くなるのでは、と確信して動き出したNPOです。具体的には4つの事業を行います。シニアのちょっと得意なことを多世代に伝える「しろうと先生」、シニアの運転スキルを維持しながら地域の高齢者の移動を助ける「ドラさぽ(ドライブサポートフィットネス)」、介護現場とシニアの得意なことをマッチングする「ちいすけ(地域助っ人育成講座)」、そしてシニアの健康を維持する「セルけあ(セルフケア講座)」になります。

一体なぜ「ちいきの学校」を立ち上げたのですか?

伊藤 今の日本って皆さんご存じの通り、子どもや働き盛りの人口が減ってシニアの割合がどんどん増加してますよね。そしてそのシニアって何となく「下の世代が支えてあげる」というイメージが強いと思います。でも今どきのシニア像ってそうじゃない。まだまだ力強くて、むしろ社会を支える側の方ばかりなんですよ。日ごろからバリバリ地域を支えているシニアはもちろん、こちらが声をかけることで地域のパワーになりそうな方をどんどん巻き込んでいきたいと思っています。シニアが元気でいれば地域はにぎわうし、いろいろな地域課題を解決できることに気付いて、それでNPOのキャッチフレーズを「”シニアが元気“はイイことだ!」にしました。これからの世の中を良くするのはシニアの皆さんですよ。

どんなメンバーが運営しているんですか?

伊藤 実はメンバーはみんな、介護福祉士やフィットネストレーナー、介護の専門学校の教師など、介護に関わる現場で働いています。わたし自身も特別養護老人ホームの施設長をしていて、パワフルなシニアが介護の必要な高齢者を助ける場面をよく見かけるんです。運転ができなくなった高齢者を敬老会に連れて行ってあげる方とか。でもシニアと接する機会がない方には「免許証返納すべき!」とかひとくくりに言われちゃう。だから介護の現場で今のシニア像をきちんと見ている私たちが「誰かのためになりたい」っていうシニアの方たちと一緒に何かやれたら地域は良くなるだろうな、と。約10人の運営スタッフを「シニアの個性を繋ぐチーム」「シニアを運動で繋ぐチーム」「デザインで繋ぐチーム」「同世代で繋ぐチーム」に分けました。そのチーム同士の個性もマッチングして、化学反応を楽しみたいと思っています。

確かに「シニア」というとサポートの必要な方を思い浮かべがちだったかもしれません。

伊藤 そうですよね。多くの国では65歳からを「高齢者」って定義していますが、日本なんて特に健康寿命が長いので、70歳くらいの方って思ったよりしっかりしています。自動車運転事故だって74歳くらいまでは20~30代の事故率とそんなに大きく変わらない。極端かもしれませんが、わたしの中で「70歳は若者」って思っています。
それにこの世代は豊かな高度経済成長期を生きてきて、個性もさまざまですよ。例えば、ピアノの先生だった方、新聞記者だった方、書道の先生、あとはホームのイベントで釜のご飯の炊き方を指導してくれる方、庭木の剪定を指示してくれる方とか、そんなみなさん全員が「先生」だなって思うんですよね。しかもコロナでもみんな慌てていない。バブル崩壊も、リーマンショックも、東日本大震災も、全部経験しているから。時代の変化の中を生きてきた強い人たちですよ。だから私たちはまだまだ学ばせてもらいたい。世の中と関わらないともったいない人たちって本当にたくさん地域にいるんです。

高齢化社会って実は「宝の山」っていうことですか?

伊藤 そうそう、そういうことなんですよ。高齢化社会は「危ない」じゃなくて、素晴らしい人たちがたくさんいる。先ほど言ったようにみんなが「先生」だから、私たちの活動は「元気なシニア」と「社会で活躍できる場所」のマッチングをしていくということです。決して場や機会を「与える」のではなくて、あくまで「学ばせてください」っていうところからきっかけ作りをすることを大切にしたいと思っています。シニアというせっかくの宝を大事にするために、一人一人の個性をいかに引き出すか、そこが私たちの一番の仕事だと思っています。

個性を引き出すために、具体的にどんな活動をするんですか?

伊藤 シニアの個性を一番活かせるのは「しろうと先生」ですね。お家の軒先を借りて梅干しや柚子ジャム作りを教えてもらうような。「わたしは教えるレベルじゃない」って言う人のために名前に「しろうと」って付けて、やりやすくなればと。テーマは「衣・食・住」3つの内容で考えていて、梅干し作りなどは「食」で、「衣」はマスクなどのお裁縫。「住」は「しろうと庭自慢」って企画を用意しています。「しろうと先生」の生徒には誰でもなれます。例えばお母さんと子どもが参加して、遊びの一環で昔ながらのことを学べたら教育にもいいですよね。あとは外国の方も障害者の方も参加できたらいいし、みんなで助け合って楽しく生きる場を育てていこうと思っています。

活動エリアについて教えていただけますか?

伊藤 スタートは、内原や城里などの「古き良き茨城」を感じるエリアを拠点に活動していきますが、水戸市全域を対象とする事業も計画していますし、いずれは茨城県全域を対象するなど活動の場も広めていきたいです。「古き良き茨城」を感じさせる地域のシニアってなんかすごく生き生きしているんですよ。農家のお家の軒先なんかで「しろうと先生」をやることで、過疎のエリアから地域を元気にしたいという思いもあります。

地域課題の解決も視野に入れているんですね。他に取り組みたい地域課題は何ですか?

伊藤 茨城では免許返納をすると生活がしにくいですよね。そういう背景から生まれたのが「ドラさぽ」です。シニアが運転適性検査を受けることで自分の状態を確認し、「ドライブサポートフィットネス」で運転に必要な身体機能を集中的にトレーニングすることで運転継続をサポートします。そして希望者にはボランティアドライバーになってもらい、移動が困難になった高齢者のお手伝いを担っていただきます。参加しているご本人が免許返納の時期を正しく判断することにも繋がりますね。
また、「ちいすけ」というシニアの介護助手と介護現場のマッチングを行えば、深刻な人手不足の介護現場が改善されます。介護と言うと力仕事を想像する方もいるかもしれませんが、「ちいすけ」となるそれぞれのシニアの個性や体力にマッチする現場や勤務形態をご紹介するので安心してご相談いただきたいですね。例えば主婦歴何十年の方が日々お茶碗洗いで活躍できる、といったように、ちょっとしたことでも介護現場を支える力になるんです。こんな風に元気なシニアがその上の世代をサポートするような活動も「ちいきの学校」の根幹だと考えています。

「誰かを助けることで人は元気になる」って聞いたことがありますが、そんな感じですね。

伊藤 そう、やっぱり社会参加し続けることができるって、一番の「介護予防」なんですよ。国も介護予防のために動きだして、各地で体操教室が増えてきましたが。でも私たちはそこではなく「生き甲斐を作る」という切り口でシニアの心身の健康に取り組んで、そしてそれによって地域全体を元気にしたい。地域課題に取り組むことができて、シニアの健康維持ができて、医療費が抑えられる。シニアご本人にも、行政にも、ご家族にも、三方良しになればと。

皆さん介護の仕事もあるのにNPO活動もするのって大変ではないですか?

伊藤 特別養護老人ホームの仕事をしていて常々思うんですが、この施設って地域から見たら100人もの専門家がいる「パワーがある家」なんですよね。いろいろな設備もあるわけで。それなりのパワーがあるなら、地域を助けるのは当たり前ですよね。だから地域活動をしたいスタッフは、業務の垣根を越えて社会貢献をしていこうよと。地域に出てさまざまなシニアと接することが普段の仕事にも活かせますし、いい相乗効果だと思っています。

お話を伺ってきて、なんだか「地域共生社会」って言葉が浮かびました。

伊藤 実は一番目指しているのがそこなんです。いい言葉ですよね、「地域で共に生きる」って。国がコンセプトを出しているんですが、いざ実行にと考えると幅は広く深い話なので各自治体の皆様も何から手をつけていいか悩んでいらっしゃるとのお話を伺いました。じゃあ私たちがシニアという切り口で「地域共生社会」の実現に向けて明確に具現化してみせようと。それで私たちの活動に意味があるとわかってもらって、行政の方に「一緒にやろう」と声をかけられる存在になりたい。とにかく地域共生のお手伝いをしたいですね。

これはいつから動き出すのでしょうか?

伊藤 2020年春からの予定で、水戸市と協働で「ちいすけ水戸」を始めることになっていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で一旦ストップしてしまいました。とても残念ではありましたが、「こんな今だからこそ『ちいきの学校』に意味がある」と気付きました。コロナ騒ぎの中でも、経験豊富で落ち着いているシニアの皆さん。広くて自然豊かな茨城の土地。身近で穏やかな環境で活動ができるじゃないですか。大事に温めてきた想いはそのままに、世の中の状況に合わせて安心安全に活動していこうと思います。

大きな野望があったら最後に教えてください。

伊藤  全国で真似してもらえたらいいなと。それで輪が広がったり、その土地ならではの形が生まれたりしたら面白いですよね。あと、時代の変化を作りたいです。今は「人生100年時代」なのに、定年後の活躍の道ってまだ少ない。だから「定年になったらとりあえず『ちいきの学校』に入ると人助けができるし、色んなところ紹介してもらえるよ」っていう風に、皆さんの中で「ちいきの学校」が当たり前になって、ここから第二、第三の人生の始まりになれたら。そんな新しい流れが作れたらいいですね。

お話を伺ってみると、シニアご本人が元気になるのはもちろん、ご家族や地域、国の経済も健やかにすることまで考え抜かれていて、とても深い意義のある活動なのだなと感じました。でもシニアにとってはシンプルに「人生を楽しむ」べく参加をすればいいので、難しく考える必要もありません。あと何十年か先にも「ちいきの学校」があって、私も有意義なシニアライフを送れたらいいな、という想像までしてしまいました。わたしもこの地域のライターとして、このNPOがどのように育っていくのか、子どもと一緒に参加をしながら見守っていきたいと思います。

ちいきの学校

Writer Profile

栗林 弥生

1982年水戸生まれ、Uターン型ライター。報道カメラマンの父に憧れ、東京の番組制作会社でドキュメンタリーなどの番組を制作。現在は水戸で子育てと仕事の両方を楽しむ。人柄に触れるしみじみとした話を聞き、書くことが大好物。