26年間、市役所で働いてきた中本正樹さんは、48歳で新しいキャリアに乗り出しました。「残りの人生をどう生きるか」という問いに向き合い、自身の強みである「対話」を軸に独立起業を決意。長年培った人脈と経験を活かし、「Nakamasagas(なかまさがす)」として、まちづくりや人材育成に取り組んでいます。10年かけて準備し、自分の得意分野を見極めて実現した人生の転機。中本さんの歩みには、新しい一歩を踏み出そうとする人々へのヒントがきっとあるはずです。
26年の公務員キャリアから独立起業
残りの自分の命を、自分の納得のいくように使いたい。
そんな思いの元、26年務めた小美玉市役所を辞め、個人事業主「Nakamasagas」として新たなキャリアに踏み出した中本さん。
小美玉市役所職員時代は、政策企画、シティプロモーション、広報紙改革、特産物ブランディング、文化芸術、市民協働、児童福祉と様々な分野を経験してきた。
中本さんの経歴を語る上で欠かせないのが、「四季文化館みの~れ」を立ち上げ、住民主体・行政支援の文化ホールとして全国屈指の先進館に育て上げたこと。シティプロモーションとして「ダイヤモンドシティ小美玉」のブランディングを行い、全国初のシティプロモーションアワード金賞を受賞したこと。「広報おみたま」をまちの魅力を語るツールとして改革し、全国広報コンクールの常連に引き上げたこと。そして、全国初となる「第1回全国ヨーグルトサミットin小美玉」を企画運営し、「シティプロモーション×住民参画」の成功事例を作ったこと。
住民主体の運営体制を構築:四季文化館みの~れ
「四季文化館みの~れ」では、対話を通して「住民参加→住民参画→住民主体」の事業プロセスデザインと運営を手掛け、開館当初に比べて10分の1に減少した事業費でも、年間14プロジェクトを260人の住民が主体的に企画運営する体制を構築した。
ダイヤの原石である住民に光を当てる:小美玉市シティプロモーション
小美玉市のシティプロモーションでは、一人ひとりの可能性を「小美玉」にちなんだ「ダイヤの原石」に見立て、これを見つけ、みがき、光をあてるまちになろうと旗印を掲げ、住民の意欲を高める施策を次々に展開。チャレンジする人を応援する横連携が取れるまちに飛躍させた。
市民共創で作る広報誌:「広報おみたま」の改革
「広報おみたま」改革では、市民が小美玉の魅力に気づき語りたくなるようにするため、特集企画をスタートさせ、市民記者、市民カメラマン、市内クリエイターとの共創体制を構築。同時に、各課からの情報掲載を整理し、粘り強く調整を続けてページ数を半分に削減。全体のコストを3分の1削減し、かつては空きが目立った広告が埋まる魅力的な広報紙に変革した。
市民主体で創る地域イベント:全国ヨーグルトサミット
「第1回全国ヨーグルトサミットin小美玉」では、多種多様な職種の市内青年層49人との共創により企画運営。対話の文化に則り8チームに編成し、それぞれ主体的に企画立案・広報展開。ヨーグルトミュージカル、ヨーグルト足湯など住民ならではの発想と企画を次々と実現させ、2日間で39,000人を集め大成功を収めた。
公務員として、地域の熱い人々と小美玉市を盛り上げてきた中本さんだが、2024年4月に、個人事業主として独立。
業務内容は、自治体・関係機関・中間支援事業者・企業の研修業務、シティプロモーション、広報、文化ホール活性化のコンサルタント業務、対話デザインに係る調査研究・出版・情報発信など。
公務員時代に培ったスキルやノウハウ、活動を基盤にしているが、これまで以上に、共創領域で活躍する人、まちに対して本気になれる人を応援し増やしていく。
「共創領域」は、公と私の間にある「共(コモンズ)」の領域。行政と市民の協働、住民主体・行政支援、企業とのパートナーシップによる新規プロジェクトや改革が行われる場所で、まちづくりや地域活性化の重要な舞台である。
そして対話とは、異なる属性の人と人とが違いを認め合い、尊重し合い、協力し合うためのコミュニケーション。心を開き、真摯に耳を傾け、互いの思いを共有することで、新しいアイデアや解決策が生まれる。地域づくりや人材育成において、非常に重要なスキルである。
「屋号の『Nakamasagas』には二つの意味を込めています。一つは『まちにマジになる仲間を探す&増やす』こと。もう一つは『【なか】もと【まさ】き【が】【す】きなことをやる』こと。まちづくりや地域活性化には、本気で取り組む仲間が必要で、その仲間を見つけ、対話を通じてその輪を広げていくことが、私の使命の一つだと感じています」
「残りの命」を、創意工夫しながら前向きに使っていく
「私の父が67歳で亡くなったとき、私は37歳。そのころに独立を意識し始めました。独立した今、48歳。仮に自分の寿命が父親と同じだと考えたら、残り20年。この先、自分の命をどう使うべきか真剣に考えました」
自分の残りの人生をリアルに考えたことが、独立のきっかけにある。
これまで公務員としてたくさんの人たちと向き合い、市民とともにプロジェクトを成功させてきた。一方で、だんだん現場から距離のあるポジションになる年齢になってきた。
「市役所に勤め続けたとして、10年後、自分がどんな仕事をしているかが、なんとなく想像がついてしまったんですよね。定年まで働いて、その後独立して好きな仕事をする選択肢も考えてみましたが、たぶんその年齢になったらやらないだろうなと思いました」
中本さん自身、公務員の仕事の中で、対話を軸にしたコミュニケーションの重要性を感じていた一方、働き方改革の影響で、地域住民と関わる時間や密度を深めることが難しい時代になってきた、ということが背景にある。
独立するにあたって、中本さんが「Nakamasagas」として掲げたミッションは次の通り。
対話の文化(コミュニケーションデザイン)を社会に広め、まちにマジになる仲間と出会い、これを増やし、公と私の間にある共(コモンズ)を活性化してウェルビーイングな社会の実現に貢献します。
このミッションから想像できるように、市民と対話をすること、まちに本気になって活動する人が共創領域で上手く活躍できるようにコーディネートすること、そんな活動を通して地域を応援していくことは、中本さんにとって大切な価値観。
「残りの命の時間を使うならどうするか。そう考えたとき、これまで培ってきたスキルや経験が、地域で一生懸命活動する人々の役に立てばと考えたことが、独立へと繋がっています」
独立にあたって、不安が無かったわけではないだろう。個人事業主として独立することで、公務員という「安定」は失われる。不安に対して、どのように向き合っていたのだろうか?
「不安と言えば『お金』のことだけだったんです。ここから10年先の自分が市役所でどんな仕事をすることになるかは想像がついていましたし、自分のスキルを充分生かせないまま定年まで過ごしてしまうことになるだろうなという未来も想像がついてしまいました。固定収入だけが不安要素なら、稼ぎ方を創意工夫して考える人生のほうが前向きだし、自分に向いているなと思ったんです。自分の人生の残り時間は、自分で使い道を決めたいので」
本当の意味で一緒に仕事したくなる人脈作り
もちろん、何の準備もせずに独立の道に進んだわけではない。
今から約10年前に独立を意識してから、将来を見据えながら業務に取り組んでいったのだそう。
小美玉市職員として、市民とともに多様なプロジェクトを共創し実績を残すことで、全国各地から講演や研修依頼が届くようになった。依頼されるテーマは、公立文化施設活性化、シティプロモーション、広報デザイン、地域ブランディング、政策形成、人材育成、組織マネジメント、コミュニケーションなど多岐に渡る。本業と両立するため、「月2回まで」と決めて各地に足を運んでいった。
それらの仕事を通して育まれた人脈が、現在のNakamasagasに結びついている。
「相手と本当の意味で『仲良くなる』ことを大切にしています。そのために、自分の心を開いて、相手のことをよく知ろうとするし、自分の経験や思いも率直に伝えていきます。そうやって共感してくれる方と出会っています」
足を運んだ先々で、そんな交流を重ねていく中で、県内外のたくさんの公務員と知り合い、頼れる仲間がどんどん増えていったという。
出会った人々とのつながりを大切にし、継続的なコミュニケーションを心がける。それを10年以上続けてきたからか、独立後は、仕事の依頼が絶えない。
「私を各方面に専門家やアドバイザーとして推薦してくださったり、仕事をご依頼いただいたり、たくさんの方々がご支援くださって本当にありがたいと思っています。これらはみんな市職員時代に培ったご縁ですので、たくさんの経験をさせていただいた小美玉市に感謝しています」
初対面の人や、自分と異なる属性の人とゆっくりと関係性を築く「お茶のみ」のコツは、かつての上司から教わった。お茶のみとは、対面した相手といきなり本題を切り出すのではなく、お茶を飲みながら世間話で場を温め、少しずつ相手との心の距離を詰めていくこと。今風に言えば「アイスブレイク」のようなものだ。
時間が限られる中、ともすれば無駄な時間と言われるかもしれない。しかし、単なる情報交換ではなく、相手の気持ちを慮りながら話をしてきたからこそ、本当の意味で仲が良い人脈が作られていく。
「今の仕事環境は、クラウドやDXなど、遠隔地でも効率よく仕事ができるような仕組みが成り立っています。でも、『この仕事を誰に依頼するか』は、最終的にはその人の魅力と関係性で決まるのではないでしょうか。スキルやコストパフォーマンスだけでなく、『この人だったら一緒にやりたい』と思った人と手を組みたくなりますもんね」
自分の「定番メニュー」を教えてくれるのはお客様
独立にあたって、自分の強みを客観的に見出すため、仕事で関わりのあった人たちに相談していたときのこと。
「『まちで評判の定食屋の看板メニューは、誰が決めてると思います?』と聞かれたんです。そのときに教えていただいた『店主が自分のこだわりで決めているかもしれないけど、本当は常連のお客さんが決めているんだよね』という視点には、なるほどと思いました。店主がいくら生姜焼きにこだわって推していても、常連のお客さんたちがチャーハンと餃子だと言っていたら、看板メニューはチャーハン餃子定食。だから、強みはお客さんに聞きなさいとアドバイスをいただきました」
この助言を受けて、さまざまな仕事やプロジェクトで出会った人たちに話を聞いて回ったという。
「『中本さんと言えば、対話の文化でしょう』と多くの方に言われました。対話の場をデザインし、人と人とが協力し合える関係性を構築するスキルが私の『定番メニュー』。ずっと大切にしてきた『対話の文化』を軸に、共創領域で頑張ろうとする人を増やし、いいまちをつくっていく。これを中心に、新しいキャリアを築いていこうと決意しました」
独立にあたってアドバイスを求めに行った中本さんだが、中本さん自身も、独立後は色々な人から「自分も独立を考えているんですけど、大丈夫でしょうか」と相談されることがあるのだそう。
「私の場合、約10年前から独立を視野に入れて準備を始めていました。10年はかけなくても、最低でも2年くらい前から準備を始めることをお勧めします。現在の仕事をしながら、将来やりたいことのための準備や経験をダブルキャリアで積んでいくと良いですね」
応援したい人のために、より積極的に、より深く
独立して4か月。今の心境を聞いてみると、
「『なんて自由なんだ!』と感じています。市職員の中でも割と自由にやらせてもらっていたほうだと思いますが、自分のことを自分で決められることは何ものにも代えがたい喜びです。公務員は精一杯やり切ったので全く未練はありませんが、組織にいたときは恵まれていたと感じる瞬間はありますね。黙っていても確実に給料が振り込まれていましたし、税金の手続きを自分でしなくてよかった。給料をもらいながら学ぶことができていたし、名刺一つで信用してもらえていた。オフィス機器だって自由に使えてましたしね」
と朗らかに笑いながら語ってくれた。
現在、Nakamasagasとして、対話デザインやプロジェクトマネジメント、講演・研修など、中本さんの強みとノウハウを生かした事業を行っている。民間企業とパートナーシップを組み、シティプロモーションの企画運営サポートなども行っているそう。仕事内容は、公務員時代の知見やノウハウを基盤にしているが、より深さが増したという。
「公務員時代とやっている仕事のジャンルはあまり変わりないのですが、より深く仕事ができるようになりました。以前は小美玉市職員という立場上、他自治体の困りごとに対して、相談に乗ることはできても伴走することはできませんでしたが、今はそういった制約がなくなりました。また、より自由に活動できるようになったことで、対話デザインや地域活性化など、自分が重要だと考える分野により積極的に関われるようになりました」
他にも、パートナーシップを組む企業が、中本さんの独立に合わせて相談業務を行うオフィスを用意してくれて、「お茶のみ」をする時間も設けている。以前から中本さんを知る人、初対面の人など、様々な方が訪れ、まちの中で新たな展開が生まれるきっかけが少しずつ広がっている。
変化したのは生活リズム。「目覚まし時計をセットしなくてもよくなりました」と笑う中本さん。公務員時代は年々睡眠時間が短くなり、平均4時間程度しか眠る時間が無かったという。
というのも、まちの情報を集め、編集して発信するオンラインコミュニケーションの時間や、全国各地で行う講演・研修活動の準備や研究は業務時間外に限られていたからだ。
「このままそんな生活を続けていたら癌になりますよ」と忠告されたことも。独立した今は生活リズムが改善され、午前中はインプットの時間、午後から夜が通常業務の時間、と時間の使い方を自分でコントロールできるようになった。「顔色が良くなったね」「肌つやがいいね」とよく言われるようになったそうだ。
自らの命の使い道を定め、自らのNakamasagasとしての人生を歩み始めたばかりの中本さん。これから、「共創領域」で頑張る人たちの応援者として活動を進めていく。
「独立し、より自由に活動できるようになったことで、自分が思う『命の使い道』をより意識しながら仕事に向き合えるようになりました。公と民の間の共の領域で活躍する人たちを応援しながら、地域に貢献しつづけていきたいですね」
中本正樹さんプロフィール
中本さんの個人事業主事務所「Nakamasagas」 公式サイトはこちらから
肩書
Nakamasagas代表
茨城県まちづくりアドバイザー
公益社団法人 全国公立文化施設協会コーディネーター
一般社団法人 日本経営協会 講師
株式会社カゼグミ シティプロモーション・広報ディレクター
来歴
1998年に美野里町役場(後に小美玉市役所)入庁。
一人ひとりが可能性を見つけ、磨き、光をあてる「ダイヤモンドシティ」小美玉市で26年間勤務し、「住民と行政の共創」「住民主体・行政支援」「企業とのパートナーシップ」による新規プロジェクトや改革を手掛ける。
「住民主役」を掲げ、小美玉に伝わる「対話の文化」を用いて多様な分野で住民と行政の共創を実践。まちに本気になる人たちを次々に生み出し、つなげ、熱を持ったファン層を広げてきた。
公と民の間の共(コモンズ)の領域で活躍する人材と組織を育成するため、2024年3月に退職。 8つの顔もつマルチプレイヤーとして2024年4月に起業。
対話の文化(コミュニケーションデザイン)を社会に広め、まちにマジになる仲間と出会い、これを増やし、公と私の間にある共(コモンズ)を活性化してウェルビーイングな社会の実現に貢献していく。
受賞歴
・2022年 全国初の「シティプロモーションアワード」金賞(最高位)
・2022年 全国広報コンクール広報紙部門入選(全国トップ5 )
・2021年 全国広報コンクール映像部門「ダイヤモンドシティ小美玉」入選(全国トップ5)
・2020年 全国シティセールスデザインコンテスト大賞
・2019年 全国広報コンクール映像部門「小美玉ヨーグルトストーリー」特選・総務大臣賞
・2009年 財団法人地域創造「地域創造大賞(総務大臣賞)」
・2000年 建設省「対話型行政推進賞」
中本さんの「8つの顔」
①対話デザイナー
②講演・研修講師
③公立文化施設活性化コーディネーター
④シティプロモーション伴走支援者
⑤広報戦略アドバイザー
⑥写真が撮れるwebライター
⑦編集者
⑧脚本の書き方トレーナー