「公務員を辞める」
27歳でその決断を下したのは、元・水戸市職員で現在はつくば市のコワーキングプレイス Tsukuba Place Labのスタッフとして活動を広げている小泉祐司さん。公務員から転身、ベンチャー企業に飛び込んだ理由とは?これからの時代の新たなキャリア形成を自らの足で歩み始めた小泉さんにお話を伺いました。
―茨城県との関わりの始まり
僕は埼玉県狭山市で幼少期を過ごし、高校入学と同時に東京に引っ越しました。大学まで東京で8年間過ごしたのち、水戸市役所に就職しました。もともと茨城との関わりは無く、公務員試験を受けるまで来たこともありませんでした。茨城に来たのは茨城県庁に就職していた彼女と結婚することがきっかけでしたね。
もともとは求人サイトを通じて就職活動をし、3月頃には内定をいただいていたのですが、やっぱり茨城県で就職をしたいと思い、茨城県庁を受けるための勉強を始めました。結果的に県庁は選考で落ちたのですが、当時の僕は「さすがに市役所は茨城にゆかりのない人は採らないだろう。」と思っていたので市役所を受ける気はなく、一度民間の就活に戻りました。しかし妻から「市役所も受けるだけ受けなよ」と背中を押され、水戸市も受けてみることにしました。結果、一次二次と通過することができ、内定をいただき、水戸市に就職することを決めました。
大学時代は塾講師と家庭教師にひたすら明け暮れていたこともあり、予備校や塾などで教える仕事をしたいと思っていました。しかし教える仕事に就くことよりも、今は茨城に住むことを優先したいと思いました。大学卒業後すぐに塾や予備校へ就職するよりも、一度社会に出て別の経験を積んでからのほうが奥行きを出せるのではないかと当時から思っており、回り道にはならないと感じたのである意味躊躇はありませんでした。
―水戸市での日々
そういった経緯で市職員になったので公務員について全く調べておらず、市にはどういう部署がありどんな仕事をしているかよくわかっていませんでした。窓口や福祉系の想定はしていましたが、実際に配属されたのは商業と工業の活性化を行う商工課という部署で、担当は水戸市の中心市街地の活性化。最初の3年間は商店街の振興と、「水戸まちなかフェスティバル」という水戸市内で2番目に大きなイベントの企画運営の二軸を担当することになりました。僕としては全く想定していないタイプのお仕事でした。
最後の1年間は、水戸市が運営するコワーキングスペース水戸Wagtailの運営と起業創業の支援という、前半とは全く違う仕事をしていました。コワーキングスペース水戸Wagtailは平成28年3月に開設され、年間利用者数は約2,000人。運営に関して、財団法人が担っていましたが、市の職員が入りもう少し数字を伸ばしたいという方針で、たまたま僕になったというのがスタートです。起業創業支援とは言っても、僕は起業の経験があるわけではないので初めは不安でしたが、「Wagtail」で開催されていたイベントをきっかけに多くの人と出会い、自らイベントを立ち上げたり各地で動いたりできるようになりました。
市役所で働き出した最初の3年間はオンオフつけて休みたい人間でした。しかし、「Wagtail」に関わった1年間はオンオフつけずに仕事をするようになりました。色々な人達と会い、お話しできることがすごく刺激的で楽しく、それにオンオフをつけるっていうのは合わなかったので。
つくばでイベントがあると聞いて、人に会いたいという理由で行き、その後その方に「Wagtail」でイベントをやっていただいたのですが、それはイベント開催という目的があったから動いたのかっていうと違うんですよね。「単純に会いたいと思ったから行っただけのイベントに、どうやって仕事としての理由をつけるか」、これは難しいと思ったので、基本的には自腹で県外市外の活動をしていました。
―「公務員を辞める」という決意
2018年11月頃に、「Wagtail」の担当ではなくなる可能性があると言われたとき、辞める選択肢を考え始めました。
もともと1年限りの担当ということだったので予定通りではあったのですが、これまで全力でやってきて、結果もようやく見え、認知も広がってきたタイミングだったので、まだ離れたくないという気持ちが強く勝りました。
「Wagtail」での日々は純粋に楽しかったこともありますし、前半3年間とは仕事の内容はもちろん、働き方も大きく変わるきっかけとなりました。僕はもともと引きこもりでインドアな性格だったのですが、「Wagtail」で仕事ができたからこそ、本当に多くの人達と出会うことができたんですよね。「Wagtail」は僕にとってそれだけ大切な場所になっていたんです。
しかし離れたくないと言っても、公務員なのでどうしようもありません。このとき、組織で働くことの難しさに悩みました。
なぜ辞めたいかと考えた時に、公務員である以上、自分でやりたい仕事を続けることは難しく、これから先キャリアを自分で作っていくことができないと感じました。組織としては多くの部署を経験してジェネラリストを育てたいと考えているのだと思います。僕のように新人採用から4年間商工課にいたというのも比較的長い方だと思っています。
一方で僕は創業支援の分野をもう少し極めたい。これから伸びていく成長分野であり、水戸市で起業創業をもっとやるのであれば僕がもう少し頑張りたいなというのがありました。組織目標と僕の個人目標が、どうしても一致しにくいと感じましたね。
当初公務員を辞め、独立してフリーランスになり、行政と民間をつなぐ仕事ができるのではないかと考えていました。しかし、うっすらと考えながらもアクションは起こさなかったのですが、妻の後押しやメンターになってくれる方のアドバイスなどもあり、意志を固めました。
そのタイミングで、当時一緒に仕事をしていた現在のコワーキングプレイスの代表に事情を話したところ、「じゃあ、うちに来ればいいじゃん」と言っていただいて。代表は人としても好きだし、Wagtailの件では最初に手を差し伸べてくれて、なにより、一緒に仕事をしていて楽しかったんです。自治体との関係も既に構築されていて、自分のやりたいことはここで出来る、一緒に働きたいと感じました。
年度も明け、辞めることを周りに伝えると、驚く人は結構いました。
結婚、地元に戻る、あわない仕事で体調を崩してしまうなどの理由で辞められる方はいますが、公務員を辞めてベンチャーに転職しますって人は本当に少ないんです。一方で、僕の実家が東京にあることや、1年前に妻が茨城県庁を辞め東京のベンチャーに就職したことを知っていた方、僕が「Wagtail」の仕事を楽しそうにやっている姿を見ていた方々からすると、「やっぱりそうだよね」という反応でした。僕に対して「いずれ起業するだろう」、「独立するだろう」と思っている人は結構いたらしいのですが、僕自身は辞めますと言って初めて気づきましたね。
―自分の未来と、公務員という職業の未来
公務員として働いているころから、公務員というものが今後10年で変わるということをずっと考えています。これまで公務員は基本的に、「社会問題が起こってからそれをどうやって解決していくか」というやり方だったのですが、この10年くらいで「いかに未来を創っていくか」というフェーズに徐々に変わってきました。
これから先、少子高齢化と社会問題の増加に伴い、税収が減り、出ていくお金が増えると出来る政策が減っていきます。そうなると、「やることを減らす」のではなく、「正規職員を減らして非正規に切り替える」方向に向かうことは想像できます。
そしてさらに、今までは「民間ができないから公務員がやります」といっていた仕事が「公務員ができないので民間でやってください」に変わっていくだろうと思います。そうなったときに、民間側でキャッチできる人たちって少ないのではないのかと思ったのです。
それならば、僕はその「受け手側」にまわりたいと考えました。まずは「公務員も民間もお互いにコミュニケーションをとりましょう」と間に立つような。コワーキングの仕事を通して、公務員でありながら「行政にできない仕事をつくる」仕事をやらせてもらったからこそ、民間側に立って行政の仕事をキャッチし、成果を出すことができるのではないかと思いました。
―歩み出した新たなキャリア
現在は運営スタッフという形で筑波大学すぐそばのコワーキングプレイスTsukuba Place Labにいます。主な仕事としてはコワーキングの運営と、そこで主催しているイベントの運営、行政コンサルとしての行政計画の作成がベースです。何が仕事で何がプライベートなのか、わからなくなりつつあるのですが、ここにいることだけが仕事だとは思っていません。むしろ今まで以上に動いていこうというつもりです。
今後の働き方としては、外に出ながらイベントに登壇者側で出ていきたいという思いが強くなっています。行政案件などの仕事をつくばはもちろん、全国各地でもやりたいですね。
全国各地に滞在し、仕事をする中で地元の人達とも交流したいです。結果を残し、講師だったり講演会だったり、登壇者側で活かせる幅を増やしていきたいです。全然意識はしていなかったのですが、講師として登壇することで以前目指していた「教える仕事」ができる可能性に気づき、ワクワクしています。
講師としては、これから先の公務員の働き方に関してもっと外で喋っていければいいなと思っています。公務員の働き方は絶対に10年で変わります。けれど公務員を目指したい人は従来の9時〜5時公務員のようなスタンスがまだ一般的には根強いです。一昔前はそんな時代だったかもしれないけれど、変わっていく必要があることを伝えていけたらと。
今はとても楽しいので、将来に関しては不安が見えていないのですが、今後不安にぶち当たることはあると思います。でも、前に進んでしまったので。嫌になったらまた公務員に戻ればいい、30歳まで受けられるので、という勢いで今は考えています。僕は30歳までに自分の引き出しをいくつ作れるかだと思っています。できること、やれることを30歳までにどれだけ増やせるのか、その上でどう30代で勝負できるのか。今はその準備期間、頑張る期間だなと思っています。
―「やりたいこと」を見つけるために、「できること」を増やす
インタビューの最後に、地方での就職を考えている人や公務員になりたい人へのメッセージをお聞きしました。
ーこれから公務員として働きたいと考えている人に、メッセージをお願いします。
公務員でも民間企業でも、職業を選ぶ時はやはりなぜその職業に就きたいのかを言葉に置き換えたほうがいいと思います。公務員になりたい理由は地元に残りたいからなのか、安定した職に就きたいからなのか、9時〜5時勤務という生活をしたいからなのか、まちのために仕事がしたいからなのか。
どれもすごく良い理由だとは思うのですが、理由を出したその先を考えたほうがいいなと思います。例えば、「地元で働きたい」という理由で都道府県庁に入ったときに、もしかしたら地元からは遠く離れた場所での勤務になってしまうかもしれない。もしかしたら東京の大都会で働くことをイメージしていたら、離島の小笠原諸島で働くことになってしまう可能性もゼロではないわけです。そうなった場合、もともとは地元で働きたいから都道府県庁を志望したはずなのに、矛盾することになってしまう。
そのため、自分の志望理由が実現する確率が高いかどうかをきちんと考えて、それで公務員がいいならば、やってみればいいと思います。ただ公務員って民間に入ってからでもできるので、民間と公務員で迷っているならば民間企業に就職してみてから公務員という道もあると思います。
ーやりたいことがみつからない人は、何から始めたら良いでしょうか?
「やりたいことがみつからない、どうしたらいいですか」という質問もたくさん受けるのですが、僕の中で回答はひとつ、「できることを増やす」です。やりたいことを探す時、何から始めればいいのかわからないじゃないですか。でも、できることを増やすっていうのはアクションプランが見つけやすい。
例えば自動車免許を持ってないから免許を取ると、その先に運転が好きとか、できることに繋がってきます。やりたいことを見つける前にできることを増やしたほうが早く、確実に行動に移ることができると思っています。
人にはそれぞれ、本が1冊書けるくらいの紆余曲折があって、悩んで前に進んで苦しみながら、でも今とりあえず少し形になりましたみたいな人たちがいっぱいいると思うんですよね。そういう人達を少しでも知ってもらい、何か動く勇気になってくれるといいなと、もっと端的にかっこいいって思ってもらえればいいなと思っています。
公務員としての経験を活かし、行政と民間を繋ぐ。従来のキャリア形成の考え方から一歩抜け出して、小泉さんは10年先の未来を見据えていました。
「茨城が特別な場所でありつづけるのは間違いないです」と語ってくれた小泉さん。
地元ではないながらも多くの「人」と出会い特別な場所となった茨城から、小泉さんの活躍は場所を選ばず広がっていきそうです。
Text:齋藤明美 Photo:鈴木 潤